1952年、マダムギャビーアギヨンが創業。マダムギャビーアギヨンはエジプトのアレクサンドリアで貴族として生まれるものの、第二次大戦中にパリに逃亡。ブランド名の由来は、ロンゴスの古代小説「ダフニスとクロエにまつわる牧人風のレスボスの物語」を原作とした、バレエ音楽「ダフニスとクロエ」が由来。作品は、ダフニスとクロエの恋物語で、クロエの美しい踊りからインスピレーションを受ける。

63年、クロエはカール ラガーフェルドをクリエイティヴ・ディレクターとして迎えて成長。70年香水を発表。フレグランスはベストセラーになる。
85年、スイスの高級ラグジュアリーグループ、リシュモン(カルティエ、ボーム&メルシエ、モンブラン、アルフレッド・ダンヒル等を持つ)がクロエを買収。88年、マルティーヌ シットボンがクリエイティヴ・ディレクターに就任。これは国際市場拡大を目的としたもの。92年、ラガーフェルドがクリエイティヴ・ディレクターとして復帰。
1998S/S、ステラ マッカートニーがクリエイティヴ・ディレクターに就任。クロエにロンドンのストリート感覚をもたらし売上に貢献するが、2001年マッカートニーがグッチグループに引き抜かれる形でデザイナーを降板。後任はフィビー フィロ。フィロはセントマーチンズ卒業後、97年からマッカートニーのパートナーでクロエで4年間働く。2002S/Sよりクリエイティヴ・ディレクターを引き継ぐ。
2001年、ディフュージョンライン「シーバイクロエ(SEE BY CHLOÉ)」がスタート。クロエのデザイン性を引き継ぎつつ、よりカジュアルでリーズナブルな価格が日本を含め世界中で人気となる。
2005年A/Wコレクションは、フィロが妊娠していたこともありデザインチームが手がける。06年1月、フィービー・フィロが家族とより多くの時間を過ごしたいという理由で正式に辞任。その後デザインチームが手がけたが、2007A/Wからマルニで7年間在籍しデザインディクターまで勤めたパウロ メリム アンダーソン(スウェーデン出身)がチーフデザイナーに就任。「CHLOÉ」と「SEE BY CHLOÉ」の両ラインを担当するも2008年に辞任。
後任には、同ブランドのデザインチームで活躍したハンナ・マックギボン(Hannah MacGibbon)が就任。
2008年、ヴァン クリーフ&アーペルとのコラボレーションコレクションで、「アルハンブラ」とゴージャスなメタリック・パイソン・レザーが融合したイブニングバッグなどを発表。
2011年、元プリングル オブ スコットランドのクレア ワイト ケラーが新クリエイティブディレクターに就任。Text By ファッションプレス (Chloe)
